おじさん

お犬様を家に迎えてまだあまり日も経ってない日からのお話。

 

いつもの散歩道。遊歩道の途中にさびれたタクシーの操車場がある。いつもここに止まっているタクシーの運転手のおじさんが僕に声をかけてきた。

「触ってもええか?噛まへん??」と。

僕は少し驚いたけど「大丈夫ですよ。」とお伝えするとおじさんは恐る恐る手をだして子犬を撫でていた。子犬はうれしくなっておじさんに飛びついてしまって、おじさんはびっくりして尻もちをついてしまった。。。

「ごめんなさい。」というが早いか「かまへんかまへん。それより写真とってええか?」と返答。二つ返事でOKした。おじさんは手持ちのガラケーを構えて「ぴろりろり~ん」と音を鳴らして子犬を撮影した。おじさんは撮影した子犬を満足そうに眺めてケータイの待ち受けにして僕に見せてくれた。

それからここを通る度におじさんはさびれたタクシーの操車場の客待ち場から僕たちを見つけると優しい目をしてこちらをみていた。

 

すこし時間が流れた…

 

いつもの散歩道を歩いているとおじさんが「どうしたんや?それ!」と血相かえて飛び出してきた。そう椎間板ヘルニアになってしばらく散歩できてなくてようやく歩行器(車いす)を使って散歩を始めた矢先だった。僕は病気になった事。回復の見込みがないことをおじさんに話をした。

おじさんは言葉を失っていたが「がんばれよ」とちいさい声で言ってそのままタクシーの操車場に消えていった。

 

またまた少し時間が流れた…

 

いつものように散歩をしているとおじさんがまたまた声をかけてきた。

「実はこの操車場も今月一杯で無くなるんや。もう歩いてるの見れなくなるわ。」と。確かにボロボロの操車場でタクシーに乗っているお客さんを見たこともなかったし仕方ないとは思ったけど僕らとおじさんとの接点がなくなるのは少し寂しかった。最後におじさんは日が暮れかけ始めて薄暗くなっているのにガラケーで写真をとってまたしても満足げな顔で待ち受けにして僕に見せてくれた。お別れをして歩き始めて何度も僕らは振り返ったけどおじさんはずっと手を振ってくれていた。

 

ここからさらに2年の月日が流れた…

 

針治療がよかったのか相変わらず麻痺したままだけど反射躯を利用して歩行器なしで一見普通に歩いているかのようにみえるようになったある日。近所の公園で上下ジャージを着たしらない人に犬が僕を引っ張りながらダッシュで駆け寄っていった。

なんとあのタクシーのおじさんだった…。

「歩けるようになったんか!」と目を丸くするおじさんに僕は反射躯で歩けるようになった事や針治療している事とかをお話しした。おじさんはタクシーの運転手を定年で辞めた事とかを話してくれた。その間おじさんは何度も何度も「よかったなぁ。」を連呼してとても喜んでくれた。

お別れをして歩き始めて何度も僕らは振り返ったけどあの時のようにずっと手をふってくれていた。

 

健常で四肢で歩いていた子犬の姿も歩行器の姿も、そしてまた歩けるようになった姿も知ってくれていたおじさん。

 

こんどまたあったらもういなくなったけど15歳になって表彰された凄い犬だった話をしたいとおもっている。

 

名前も知らないおじさんへ。